2025年大河ドラマ「べらぼう」の放映が始まって以来、新大河を絶賛するヤフーの記事が目につきます。
1 PVからしてハリボテのでかい灯籠が画面の中央に鎮座していて興ざめ
2 火事のシーンに緊張感がない
3 冒頭から登場人物が「べらぼうめ!」を連呼
4 遊女たちの区別がつかない
5 民放のような軽い雰囲気
6 横浜流星さんのアクションを無理やり使おうとする
まず1ですね。どう見ても江戸村だろうというような街並みにでかい灯籠。あの発泡スチロールに絵の具を塗ったような質感。サムライコントなどで真っ二つにされるあれにしか見えません。前回の光る君への主舞台がガチで建てられた平安神宮であったこともギャップの一因であると考えられますが、実は「光る君へ」の時も市街の映像は時代劇村満載でした。但しこれまでの大河ドラマと言えばいわゆる政治の中枢にいた人が多かったので、建物の中での撮影ばかり。「光る君へ」は朝廷内の話だったし、「鎌倉殿の13人」も部屋の中で少人数で謀を巡らすシーンばかり。今回のように生まれてから死ぬまで町人の大河というのはなかったのです。主人公蔦重は町人で流行を作り出した人ですから当然市民との交流が増えます。するとあの違和感のあるセットが度々映るわけで、果たして大河ファンは耐えられるかどうか…
2火事のシーンがしょぼい
冒頭の火事、俳優と別撮りですよね。遠近法みたいにして違和感を消そうとしているけど、明らかにおかしいですよ。そしてほぼ全てCGなのにスタントマンに火をつけて迫力を出そうとしているのがとってつけたようで逆に嫌味な違和感がありました。大河ドラマでは北条時宗や利家と松などで火事のシーンがあります。今見直したわけではないので一概には言えませんが、歴代でトップクラスに緊張感のない火事だったのではないでしょうか。
3は前回大河「光る君へ」が1年かけてタイトルを回収したカタルシスを味わえたのに比べ、冒頭から「べらぼうめ!」「べらぼうめ!」と連呼されてげんなり。まるで朝ドラの「じぇじぇじぇ!」「びっくりぽん」のように無理やり流行らせようとしているようです。そもそも江戸っ子がわざわざとはっきり言うわけないんです。「っべらんめぇ!!何しやがんでぇ!」くらいの勢いだと思うのです。それを視聴者に印象付けるため、わざわざ言葉を区切って「べ ら ぼ う め !」
第1回から食傷です。もう聴きたくありません。
4これは私の問題もあるので仕方がないですね。「光る君へ」の時も若い公達は最初の頃は誰が誰だかわかりませんでした。ある程度見ていると区別がついてきますかね。ただ今回のネックは遊女は化粧をすること。普段すっぴんで登場していて突然化粧姿で出てきても区別がつかないかもしれません。この人はいつも青っぽい服、など服装で個性を出せればいいのですが、遊女は皆同じような艶やかで華やかな衣装なのも混乱の一つですね。
5民放のような軽い雰囲気。まるで暴れん坊将軍を見ているようでした。しかしこれはもう仕方ない。だって江戸の町民が不幸を笑ってやり過ごす、宵越しの金はもたねえ主義なんだもの。特に前作が辛気臭い(口が悪くてすみません)湿っぽいじっとりとした平安の闇ラブロマンスだったので湿度の差に追いつけません。
6これは私の懸念事項の一つであるのでより敏感になってしまっています。
まだ侍に殴られたりとか階段落ちしかしてないですけどね。
以上、べらぼうの人気が解せぬ6つの理由でしたが、この他にもあります。
一介の名も上げてない町民が田沼意次に会えるわけないだろうが!!!
でもこれは大河ドラマではよくある事。名もなき少年が街で政府の要人にぶつかり、治世を説かれたり、黒船に乗った外国人の中の最重要人物が実は日本語をしゃべれて見物に来ていた主人公と交流したり、たまたま桜田門外の変の犯人と知り合ったり、隣で酒を飲んでた人が藩の要人だったり、町に出たら目の前で生麦事件が起きたり…そんなわけあるかい!!!
といつも思っていますが、このような物語があるからこそ、何も知らない小さな子供でも歴史上の事件を学び、何が起きているか知りながら正しくドラマを見れるわけで、ある程度は必要なことであると心得ています。
べらぼうについて落胆している事ばかり挙げていきましたが、私個人としては杉浦日名子さんや浮世絵、しゃばけ、歴代の時代劇のお陰で江戸文化は大好きですし、舞台が東京とあって聖地巡りも楽しみですし、横浜流星さんは(友人に似ているという単純な理由で)思い入れのある俳優さんの一人でもあります。昨年との温度差で風邪をひきそうではありますが、しばらくは毎週録画して見てみます。
